Blood emperor -血を統べし者 17-

Blood emperor -血を統べし者 17-

大きなうねりと曲線を組み合わせるように構成された外観。
その壁面の一つ一つにはあらゆる彫刻が総動員され、初めて見る者はそれに例外なく『圧倒』される。
感情へと直接訴えかけるような劇的な印象、『動的』な美しさ――
厳かでありながら力強い美しさを秘めたその建築物の正体が何なのか、初見で看破することは難しい。
だが一度知ってしまえば、それからは感動の感情と共に――『納得』を抱くこの建物こそ。
光都市ベネツェラにおける『教会』である。


ベネツェラには教会に強い関わりを持つ聖者や逸話も無く、厳しい戒律の似合う街でもない。
しかし古来より、『芸術』の表現題材として宗教が題材に取り上げられることはそう珍しいことでは無い。
今は世界に存在する宗教は『教会』だけだが、それでも様々な芸術家達が、
その時代時代に沿った表現で、聖堂や礼拝堂・レリーフ等にその実力を発揮してきていた。
ベネツェラの教会は――街が改築される際に新規に建設されたもので、完成を見たのはつい昨年のこととなる。
天衝く塔が屹立したような外観を持つ中央国家の大聖堂と並んで『美しい』と称されており、
数十年・数百年すれば――年月による風格を備え、美しさに深みを帯びていくのであろう。
あるいはこの街も、教会にとって欠かせぬ地へと変わっているのかもしれない。


そんなベネツェラ教会の事務所――小さな欠伸を漏らしたのは、受付を担当している女性聖職者のもの。
この時間、大聖堂は解放されており、一般の観光客達の出入りは多くとも、事務に用のある者は殆ど居ない。
やや無駄とも言えるほど贅沢に空間を利用したこの只中に一人でいて、緊張を持続させる事は難しかった。
交代の子もまだ暫く来る事は無いだろうし――何より、午睡への誘いがあまりに魅力的過ぎる。
そんな自分の心根の弱さに活を入れ、読みかけの本でも片手に時間を潰そうかと彼女が思い始めた時。


「――此処を担当しているのは君か。なるほど……流石は美しさを追求する街の教会だ」


まるで心の琴線をそっと撫でていくような、甘く心に痺れる声。
はっと顔を上げたそこに――黒い僧衣を纏う、堕ちた美の御使いと。


「貴方はいちいち女性に声をかけるのに色気を使わないと話せないのですか……?」


呆れた様子でこめかみを抑える――夏空の瞳の尼僧がいた。