Blood empire -血を統べし者 6-

Blood empire -血を統べし者 6-


見れば見るほど、神父と尼僧は凸凹の組み合わせだった。


「まったく……目に付く女性に片っ端から声をかけるんじゃないの。盛のついた猫じゃあるまいし」
「失敬な。見ていて何の足しにもならんような一般人に声はかけん」
「そっちの方が余計に性質悪いわよ! ――いい? 貴方は一応『聖職者』なのよ?
 いくら常時フェロモン垂れ流しの自堕落御気楽駄目神父でも、僧衣を着用している以上は――」
「……フッ」
「何よ、その意味深な笑いは?」
「確かに規律と言うものは重要だ。社会を円滑に運ぶための重要な要因だ。
 それを破ることを自由の象徴だと考えている馬鹿は愚の極みでしかない。
 ――だがな。規律に捉われることは盲目であり、得てして眼を曇らせる。
 あくまでも、己を見失うことがない様に付き合うことこそが最も重要ではないのか?」
神父の言っていることがあまりにまともであったため、思わず眼を見開いて言葉を失う。
そんな尼僧に――神父はふっと、口元に不敵な笑みを漂わせて。
「つまり――俺を従えられるのは、ただ俺のみということだ」
「まともそうに切り出しておいて帰結するのは結局そこなの!?」
「まだまだ修練が足りんな、お前は」
「あんたには信心が足りないでしょうが! てか自慢げに笑うな! 胸を張るなぁぁぁ!!」


がくがくと神父の肩を掴んで揺さぶる尼僧。
既に『穏やか』とか『静寂』とかいう言葉はとうにこの場から離散している。


面白い。
正直な話、二人のやりとりは面白くて仕方がない。
だが、それはあくまでも『第三者』としてこの事態を傍観していられる立場での話。


「――あの!」


深い碧眼と空色の瞳が、同時に振り向く。
二人の瞳が持つ力に、思わず気圧されそうになりながらも――テーブルの向かいに座る女性は、精一杯気を振り絞る。
どうしても確認しておかなくてはならない事が――ある。


「……あの……お、お二人は……。
 お二人は、『教会』のお方なのです……よね?」


教会。
『須く、人とは罪を犯す存在であるが――この世を創造した父なる神を信ずる事で、
 その罪の許しを得て、永遠の生命に入ることが出来る』
という教義を掲げ、全世界に広くその力を伸ばす巨大な宗教組織団体である。
その勢力圏は国家・種族の垣根を越えて甚大。
国家のうちの何国かは、教会の教えを国家レベルで信奉するものも存在する。
多くの権力者・有力者達が、軒並みこの『教会』に名を連ねていることを考慮すれば、
教会は国さえも超えた『力』を持つ――世界最大の組織であると見ることも出来るだろう。


神父や尼僧だけではない――この女性も、他ならぬ教会の信者の一人である。
流石に、国家の政治レベルにまで教会の教えが関わりを持つ国こそ稀であるが、
個々人のレベルにまで視野を落とせば――彼女だけに限らず殆どの者が、教会の教えを信じている。


だからこそ。
聖職者として身を置く神父と、あの様な淫らな事に耽ったことが――問題となる。
只の信者に対し、その男女関係にまで深く差し障るような法はこのベネツェラには無いが、聖職者となれば話は別だ。
誘ってきた彼だけではなく、彼と関わりを持とうと思ってしまった自分が――どう、処されるのか。


女性は知らず、唇を引き結んでいた。