Blood empire -血を統べし者 7-

日刊なのに落としたー……_| ̄|●|||

Blood empire -血を統べし者 7-


漂う沈黙。
女性の顔色は緊張に青く、知らずテーブルの下で手の平を握り締めている。


そんな、彼女に――


「……ええと……その……真剣に思い悩まれているところ、悪いんですが」
「……え?」
「犬に噛まれた……ぐらいに、思っていただけないでしょうか?」

その、あまりにも予想の右斜め上を行く答えに、思わず顔を上げる女性。
真剣な眼差しを受けて――ばつの悪さ半分、申し訳なさ半分で頬をかき、微妙に目線を逸らす尼僧。


「その……あたしが見たのはほんの一瞬ですけど、明らかに非はこちら側にあったみたいですし……それに……」


はきはきとよく通る尼僧の言葉が、そこでふと淀む。
その様子に、訝しげに眉根を寄せた女性――彼女の目の前で尼僧は俯き、がっくりと肩を落として。


「……これまでに、もう何度も前例がありますので……」


この世の果てを覗き込んできたかのような、絶望に染まった尼僧の言葉。
その様子を気遣いながらも――女性は心のどこかで、思わず納得してしまっていた。
そして、がっくりと肩を落とす尼僧に、気遣うようにぽんと手を乗せたのは。


「気に病むな。誰に罪があったわけでもない」


優しささえ感じさせる、穏やかな言葉の響き。
大きく頷いてみせる神父の様子に――ぴくりと、尼僧の眉が跳ね上がったのを女性は見た。


「……『誰に罪があったわけでもない』……?」
「……? 何か間違っているか?」


さも、当然のことを聞くかのように。
怪訝な表情さえ浮かべ、問い返してくる神父の様子に。
――乾いた音が頭の奥で弾けるのを、尼僧はどこか他人事のように聞いて――




「あんたには! 思いっっっっきりッ! あ・る・で・しょ・う・がぁぁぁぁぁぁぁッ!!」




音声一喝。
それはベネツェラの風雅な午後を震撼させ、飛ぶ鳥を落とし、街そのものを揺るがさん勢いで響き渡る。


「一体どれだけ処罰で聖職禄引かれてるか判ってる!?」
「ハッハッハ。既に向こう十年は貰えんそうだな」
「その時点で既に神父失格! 神父失格レベルって自覚はある!?」
「まあ、何とかなるだろう」
「しまったこの反応既に人間失格レベルッ!?」


強いはずの立場にいながら、頭を抱えて懊悩する尼僧。
弱いはずの立場にいながら、全く動じた様子の無い神父。


そんな二人の様子に。
呆けていた女性の口から――思わず。


「……ぷっ……くすくす……」


緊張の糸が解け、思わず漏れた笑い声。
その様子に、神父の口元に安堵したような微笑が広がり――尼僧は耳の先まで赤くして、咳払いを一つ。


「……あの。一応不問に処すとは言っても、決して褒められたことでも無いのですよ?
 この街は比較的戒律に穏やかなようですから、こういった処置も出来ますが……」
「は……はい」


釘を刺す尼僧に、反論できる余地などない。
思わず恐縮する女性。


だが、そんな彼女の緊張を思わず解いてしまうほどの笑顔を――尼僧はふっと浮かべて。


「申し遅れました。あたしは巡回司祭を務めさせて頂いている、ミルファレット・サイサリスです」