ラフ・メイカー

そして『胡蝶の連撃夢』の伝説の後に取り上げるのは。
双隻眼と同じ時代に生きた、ある一人のペネトレイターです。


二つ名は『笑顔の遣いラフ・メイカ』。
二つ名を自称して広めようとするぐらい取り立てて目立った所も無いペネトレイターですが、
何故彼をここで取り上げたかというと、彼は度々自分の事を『胡蝶の連撃夢』と口にしていたからです。
もっとも信憑性も何もあったものじゃなく、それどころか目の前で争いがあるたびに、
仕掛けた手品や踏んだドジでその場をうやむやにしては逃げてばかり。
酷い法螺吹きラフ・フェイカ』と罵られ、馬鹿にされることも一度や二度じゃありません。
当の本人といえばそんな他人の評価なんて何処吹く風、いつもへらへらと笑っていて。


昨日もそう。
刀を手にして本気を出せば、野盗の50人ぐらいあっという間に返り討ちに出来るのに。
真面目な顔をして何をしたかと思えば、相手の顔に水鉄砲を浴びせかけた隙に全力で逃げ出――


「……エイキさん、一体何をしてるんです?」
「――!? レン、い、いいいつからそこに!?」
「たった今ですけど…………エイキさん、ひょっとして……」
「な……何……?」
「俺っちに内緒で、こっそりと一人でおやつか何か食べていましたね!?」
「…………………………」
「ふっふーん、隠そうとしたってそうはいきませんぜ?
 かつて迷宮入りの事件を解決した事もある名探偵の俺にかかれば、この程度の推理は朝飯前!
 さあさあ、神妙にお縄につきなせぇ! 真実を口にすれば、神様だってちょっとくらいお目こぼし――」
「――とりあえずタン・オブ・ウルフ
「ぎゃあああああああああ!?」


「……はぁ。冷静に考えなくても、気の迷いか錯覚ですね。
 多少刀が扱えるからといって、まさかあの『胡蝶の連撃夢』がこんな人のわけがありません」
「うぐぐ……す、すきっ腹にこれは流石の俺でもきついっす……」
「食事にありつく暇も無く、夜の山中を走り回らされたのは何処の誰の所為ですか」
「だって、あの場にいたらエイキさんも俺も危なかったですし」
「返り討ちにしてしまえば良かっただけの事でしょう?」
「出来るならそれも避けたかったんですよ。人が傷つくのは、好きじゃないんで」
「……はぁ……貴方は一体、何の間違いでペネトレイターになったのでしょうね……」



「ま、色々とあったんですよ――色々と」