Blood empire -血を統べし者 8-

Blood empire -血を統べし者 8-

「巡回司祭……ということは、ひょっとしてこの街の外から?」
「ええ。――私も彼も、中央から派遣されて来たんです」
女性の問いに、快活に応じる尼僧――ミルファ
はきはきとしていながらも、決してその言葉の響きは主張の激しいものではない。
聖職者としての自覚も、ここまでくれば天職であるようにも思える。


……だが。


「噂に名高い芸術の街、『白亜の街』……この街を訪れるのが、実は憧れだったんですよね」


神の僕のヴェールの隙間――そっと覗く笑顔は、夏空にも似た爽やかな笑顔。
そうして笑っている時は、年相応の可愛らしさを――そこに垣間見ることが出来た。


『白亜の街』――その名の通り、白亜によって建てられた美しい街並みはベネツェラの観光所の一つだ。
中央諸国の大都市とは違った穏やかな空気と、優美な街並み。
世の文化人達がこぞってこの街の居住権を求めて止まず、また郊外には自然も広がっていることから、
「別荘を置きたい街」として常に名が挙がってくる事も――実際に訪れれば、頷ける。
穏やかであることを、安らぎに変える――美しい街。
だが――


「……随分、人が少ないな」


大通りを眺め、顎をしゃくりながら。
何気なく呟いた神父の言葉に――女性の肩がぴくりと震える。
「いくら地方都市の一つとはいえ――この時間帯にこれだけしか人の姿を見ないのは妙だ」
「……そういうものなの? 私には何処が『妙』なのか判らないんだけど……」
「俺は教会に厄介になる前からいろいろと街を渡り歩いてきた。……間違いあるまい」
相変わらず物言いは尊大だが、神父の表情に状況を楽しんでいるような気配は無い。
あくまで事実を指摘したまで――と、その顔は訴えている。
それで、この結論に至ったということは。
「……神父様方」
先ほどの緊張よりも、なお蒼い顔をして――女性は震える唇をきゅっと噛む。


「悪いことは言いません……今すぐ、中央にお引き返し下さい」


何が彼女の顔を、唐突にここまで曇らせたのだろうか。
何が彼女の口から、こういった言葉を紡がせたのだろうか?


意を決し。
彼女が口を開こうとした――その時。


「――心配ありませんよ」


快活な声の響き。
思わず顔を上げると、そこにあったのは。


夏の空を思わせる瞳と、髪をした尼僧――ミルファの、爽やかな笑顔。


「私達は、それを解決するために派遣されてきたのですから」