Blood empire -血を統べし者 4-

Blood empire -血を統べし者 4-


「Thank 's Honey――その行動、愛があるな」


目の前の空になったグラスに、自然と水を注いだウェイトレスの行為へ。
神父は呟き、その顔にふっと微笑を浮かべる。


その言葉を、彼以外の者が口にしたなら。
迎えたのは失笑か、仕事用の笑顔のどちらかだったのだろう。
だが彼の、低く――それでいて甘さを含んだ呟きには、その言葉を抗えぬ甘美の毒へ昇華するだけの力がある。


そして、浮かべた微笑は――『微笑み』などという言葉で片付けられる代物ではない。
一目見た瞬間、忘れられない――魅力という名の爆弾。


その二つを一身に受け、ウェイトレスが頬を赤らめたのも無理の無い事。


それほどまでに、この神父には――型破りな『彩』があった。


面白みも飾り気もない、ただ丈夫さだけが取り得の黒の僧衣。
装飾品と呼ぶことが出来る光物は、胸元で輝く銀の十字架一つきり。
簡素で地味で、お世辞にも洒落た格好であるとは言い難い、教会神父達の格好。
僧衣を纏い、神の子として――神の僕としてある間は。
質実で清貧たる事を求められる以上、『彩』を放つ装具を纏うことは許されぬ事。


目の前の神父も、それは遵守していた。
ある程度着崩した様子こそあれ、身に纏うのは他の神父と同じ僧衣と架だけだ。


ならば、何故――他の神父と違い。
この男には、甘く鋭く、脳を溶かすような『彩』があるのか。


それは――この男自身に、香るほどの鮮烈な『彩』があるからに他ならない。


真昼であるにも拘らず――神の恩恵を打ち払うかのように、夜の黒を思わせる髪。
とても神の僕とは思えぬ、不遜で不敵な笑み。
それを口元に貼り付けるのは、白磁の端整な面持ち。
自信に裏打ちされた輝きを宿す瞳は、髪と同じ切れ長の黒――だが実は、彼の双眸は黒色ではない。
深く深く、引き込まれそうなほどの碧――黒よりもなお深い輝きを持つ碧眼だと気づいた時。
既にその瞳から、目を逸らすことが出来なくなってしまっているのである。


黒と、白――たった二色でありながら。
その『彩』は周囲の男達を軒並み蹴散らし、圧倒していた。


神――いや、悪魔が自らその手を下し、作り上げたような。
残酷なまでの奇跡。


故に一目合った時から、彼女は確信していた。


この男に輝きを備えた服や装具などは必要ない。
自身があまりに強い『彩』を持つ故に、全ての装飾は彼の前では褪せるだけに過ぎないのだから。


神を嘲笑うかのような美丈夫が纏うには、確かに僧衣は途方も無く皮肉であり、同時によく似合っていた。