Blood emperor -血を統べし者 15-

Blood empire -血を統べし者 15-

「神の徒であろうと、この身が人間である限り――その心は弱い。
 他人より自分を大事に思い、利己に走るその心を完全に滅することは出来んだろう。
 故に彼らは、それを封じるために『聖職者』という名の『仮面』を被る
 自らの根源的・生来的な感情ではなく、自身が置かれている『聖職者』という立場から己を律する。
 数々の偉聖達によって築かれ、人々の心の根に存在する『理想の聖職者』を自らに投影するいうわけだ」


悪魔も、その身を闇へと落す前は――神に仕える御使いであったとされる。
ならば目の前のこの堕天使もまた、かつてはそうだったのであろうか。


神を信じぬと告げたヴィーの言葉に容赦は無かったが、腕を組み言葉を紡ぐ彼の姿は。
心の乗らぬ説教を説く時と比べ物にならぬほど真摯な響きが含まれていた。


「それはまやかしとは言えんだろう。
 真に利他の為に自らを犠牲にすることは出来ずとも、他を思いやる心が微塵も無い訳でもあるまい。
 全てが己のものではなくとも自身に通づる限り、借り物の言葉、借り物の姿であったとしても言葉は響く。
 丁度、今のお前のようにな――シスター・ミルファレット」


深い深い碧の瞳が――真っ直ぐに彼女を射貫く。
その瞳に――ぞくりと、心の奥を。


自身さえ気付かないでいた『痛み』へと触れられた錯覚。


「……今の貴方の理屈で言えば。
 もし私が『仮面』を付けた聖職者であっても、それは偽りでは無いのでは無いのですか?」
「そうだ――だが、お前の場合は状況が異なる。
 何故ならお前は、仮面で自身を偽る必要性が無いからだ」
「……え?」
「お前は、仮面を付ける必要は無い――自分を貫く資質を持っているのだからな」