Blood empire -血を統べし者-

Blood empire -血を統べし者-


もし、この世に――堕落した天使がいるとするなら。


「――神など」


正にそれは、目の前にいる男に違いなかった。


「神など、何処にもいない」


黒い僧衣に十字架――この二つが、『神父』としてここまで似合わない男というのも珍しい。
すらりと伸びた長身に、夜闇のように黒い髪。
胸元から提げた架を手の中で弄いながら、男はそっと微笑を浮かべる。


「偶像としての神に縋る心はよく判る。人は一人で生きられるほど、傲慢ではないからな」


野性的でありながら粗野ではなく、不敵さを備えながら自惚れが無い。
自身の、思わず息を呑んでしまうほど精悍な面持ちの価値を――完全に理解している微笑だ。
悪魔のように魅力的な微笑は、さながら研ぎ澄まされた短剣の輝き。
素人が握れば凶器へと成り下がり、凡人が使えばただの道具にしかならない。


だが。
達人が扱えば――その危険な輝きは、限りなく人を惹きつける『幻想』と化す。


途方も無く物騒でありながら――目が、逸らせない。


「だが……神はお前に心の平穏を与えても、形ある幸せを与えてくれるとは限らない」


まるで悪魔の囁きのように、口説いている女性の心へと甘い毒を注ぐその声。
壁に追いやられているとはいえ、男は無理矢理力に物を言わせているわけでは無かった。
彼女が力を込めて突き飛ばせば、簡単に切り抜けられそうなほどの自然体で、そっと顎へと触れる。
その指先から心へ染み込んでいく毒は、彼女からだんだんと思考をぼやけさせ、甘く痺れさせていく。


「俺は、違う。
 俺は血肉を持ち、こうしてお前に触れることも出来る。
 お前に、これ以上無いほどの愉しみを教えてやれる……『現実』だ」


何も考えられなくなっていく。
混濁と蕩けた意識の中で、もう一度眺めた男の姿。


その僧衣と十字架――そして、紡ぐ言葉は。
確かに『神父』としては、あまりに似合っていなかったかもしれない。


だが。
彼の言葉と格好は――この上なく、彼に似合いのものであった。


人を欲へ誘う――危うささえも美しい、堕天の使いとして。


女というものをよく知った――それでいて有無を言わせぬ力で、顎を上げさせる。
瞳同士が向かい合い、吐息がかかるほど近い距離で。
吸い込まれそうな男の瞳の中に映る自分の顔は、どんな表情を浮かべていたのだろう?


痺れきった彼女の頭では、もうそれも判らない。

そして。
さらに顔を近づける堕天使に誘われるまま、彼女は全てを彼へと捧げて――


「――真っ昼間から何をやってるか――この不良エロ神父ーっ!!」


――全てをぶち壊しにするような女性の声に、はっと我に返ったとき。

彼女の視界には、慣性の法則を無視したような勢いで両足を綺麗に揃え――飛び蹴りを見舞った女性と。
鉄板仕込みの硬い靴裏の直撃を頬桁に浴び、錐揉みするような勢いで道の往来を吹き飛ぶ男の姿が――あった。

ということで、日刊連載挑戦です。
とはいえ、毎日これだけの量はきついので、多分以後は一日二十行……ぐらいでしょうか?
最近雑記に書くことが少し減ってきたこともあって、いい機会になるかなと、ねw
書くことを習慣づけられて、しかも話が書ける! 一石二鳥!!
完成した頃に、SS一本分になれば僥倖と言うことで♪


ちなみに。
この話の設定は、一部を夕凪緋雲さんにお借りして書かせていただいているものです。
秘蔵の設定をお借りしている分、面白い話に仕上げたいと思います。