「利己」。
自分自身を、優先的に考えること。


それが怖いと、心から思った。


極端に自分を排斥するのも、勿論良くは無いけれど。
「俺が俺が」の心に、思えばここ数日捕らわれていた気がする。


こうなると、恐ろしい。
何を与えられても、満足が出来なくなる。
もっと欲しい、もっとオレに欲しい、もっともっともっと――


気付いたのは、鏡を見た時のオレ自身の顔だった。
目は血走り、呼吸は荒く――丁度昔の童話で見た、餓鬼そのもの。
心の飢えた鬼の――形相だった。


心に冷や水がかけられる。


……オレは。
オレは、自分の作品を楽しみにしてくれている人たちに。
自分のことを大事に思ってくれている人たちに――こんな顔をして、相対するのか?


いろいろな言葉、温かい想いをくれた人に、オレはこんな顔で――


すう、と一度深呼吸して。
オレは、鏡の中のオレに向って、にこっと笑いかけてみた。


すると、不思議と……心の中に蟠っていた色々なしこりが、すうっと消えたのを感じた。


そうだ。
誰かを思いやる気持ち。
優しくあろうとする、想い。


「利他」の心を、オレは忘れていたんだ。


優しい、自分であろう。
笑顔の似合う自分になろう。


「笑って?」という言葉と、約束の意味。
ようやく、オレの心の中にしっかりと浸透した。


オレはもう、どんな妄言にも惑わされない。
笑顔で、いよう。


それが「兄」として、成すべき事。
自慢の「兄」だと胸を張れるような――そんな自分に、なりたいから。